苺味








コンコン。
裕太は練習メニューの相談のため、観月の部屋を訪れた。

「おう、開いてるぞ」
部屋の中から聞こえたのは観月と同室の赤澤の声。

「失礼します」

挨拶と共に中に入ると


「お、裕太。入れ入れ」
赤澤と

「裕太?どうしたのさ?」
ノムタクと

「赤澤に何か用だーね?」
柳沢がいた。



裕太は嫌な予感がした。

この三人が一緒の時は、決まっていつも…。


「裕太、こっちに来るだーね。イイ物見せてやるだ〜ね〜♪」



やっぱり…。
三人が囲む中央にはエッチな雑誌が広げられていた。



ここで恥ずかしがってしまうと一巻の終わり。
三人のからかいの餌食にされてしまう。

過去何度もそんな金田の姿を見てきて、学習済みの裕太は冷静にシカトした。


「観月さんに用があるんスけど、いないんですか?」


「ちょっと裕太ぁ、シカトはないんじゃないの?」

(ちっ)
ノムタクに絡まれてしまった。

「そうだーね。先輩命令だーね。こっち来いだーね♪」



相手は三人。(しかも先輩)
まともに話に付き合っていては逃げられなくなってしまう。


「観月さんがいないなら出直してきます。失礼します」

ドアノブに手をかけた瞬間。

「待て」

赤澤に呼び止められた。

「部屋に金田いるんだろ?これ持ってって一緒に食えよ」


赤澤の持っている箱の中に見えるのは
美味しそうな苺のケーキ。

「観月が買ってきたんだよ。二つ持ってっていいぞ」


「いいんスか?マジ嬉しいです!」
洋菓子好きの裕太は当然、赤澤の厚意に食いついた。

赤澤は二つのケーキを小さい箱に移し、裕太に差し出す。

「金田に言っとけよ、いちいち礼に来なくていいって」
何かしてやるたびに必ず部屋まで礼を言いに来る金田を思い出して、笑いが零れる。

「はい。ありがとうございます!」
裕太は嬉しそうにその箱を受け取…



…ろうとした瞬間。





ぎゅ。



………。

(…図られた)


裕太の両腕はノムタクと柳沢にしっかり押さえられてしまった。


「やった♪裕太捕獲大成功!」

「やるだーね赤澤!こんな作戦よく思いついただーね!見直しただーね!」



「…え?…あぁ…まあな…」
悪意なく、ただ可愛い後輩にお菓子をあげたかっただけ、とは言い出す事ができなかった。



















「さーて裕太、一緒にワイ談しようか♪」


“ワイ談”…って

(死語だよな…)
(ノムタク…年サバ読んでるだーね!?)

赤澤と柳沢は目で会話した。


「嫌ですよ!俺、興味ありませんから!」

「色々知っておいた方がイイだーね。後々俺たちに感謝する日が来るだーね♪」
「興味がないっつーのは健全な男のセリフじゃねぇぞ?先輩として黙ってられねぇなあ」

赤澤は雑誌のページをペラペラ捲る。

「キスくらいは興味あるだろ?」
開かれたのは、テキスト投稿ページの“激萌え!ファーストキス体験談特集”。


………キス…?

ハッとして、裕太は青ざめた。




先日、金田とあんなエッチな事をしておいて…


それがきっかけで晴れて付き合う事になったのに…







(俺…まだ金田とキスしてねぇじゃん…!)










「…裕太?」
三人は、固まってしまった裕太の顔の前で手をヒラヒラさせる。




裕太は相当焦っていた。


キスをしていない事で金田を不安にさせているかも…
体だけが目的?…なんて思われていたらどうしよう…


思考は悪い方へ悪い方へと進んで行く。



「……………さい…」

「「「え?」」」


「……そのページ……見せて…下さい…」

消え入りそうな声ではあるが、勇気を振り絞って言った。

「「「えっ♪」」」
三人の嬉しそうな声。


「裕太っ、俺は嬉しいぞ!やっぱりお前も男なんだな!」
「おう、見るだーね!ドッキドキなキスのシチュエーションがいっぱい載ってるだーね!」

赤澤と柳沢は裕太が興味を持ってくれた事を手放しで喜んだ。




が、

ノムタクはやはりノムタク。
常日頃の禁句乱用は伊達じゃない。

人の“突っ込まれたくない所”を容赦なく指摘して来る。








「裕太、キスする相手がいるんだ」






………。

赤澤と柳沢は顔を見合わせる。


「「…マジ!!??」」




「えぇっ…!ち、違います!…えっと、今後のために、って先輩たちも言ってたじゃないッスか!?」

慌てて弁解するが…
それも虚しく裕太の顔はみるみる内に赤く染まっていく。

「真っ赤だーね!こりゃマジだーね!」



三人は驚いた顔を見合わせ、頷き合い
うろたえる裕太に更なる追い討ちをかける。


「「「で、どっちから告白した(の?)(んだ?)(だーね?)」」」






「…は?」


意味がよく分からなかった。




「今更隠すなよ、水臭ぇぞ。金田と付き合ってるんだろ?」

サラリと言い放つ。



「は!???」





「裕太と金田がお互い片想い同士なんてみんな知ってるよ。気づいてないのは本人同士だけだったんじゃないの?」



「◎×★□●◇っっっ!!!???」

裕太は顔を真っ赤にして声にならない言葉を発した。



「俺たちで裕太と金田のファーストキスのシナリオ考えてやるだーね!」

ヤル気満々で目を輝かせる三人。









…裕太は腹を括るしかなかった。
























「やっぱムードが大事だよな」

「ドライブだーね!夜の海までドライブして浜辺でチューだーね!」

「裕太免許持ってないじゃん。タクシーはムードないでしょ」


あーだこーだと三人は会議を始める。



当の裕太本人は、一人げっそりした顔つきで輪から外れている。





「もっと現実的に考えようよ。場所は寮の部屋でいいんじゃない?いつでも二人っきりなんだし」

確かに邪魔が入る確率は極めて低い。




「おい、この記事見ろよ」
赤澤が先ほどの雑誌を持ち出した。

「なになに…」

<彼女と二人でケーキを食べていて、彼女の唇についたクリームを舐めてあげたのが俺のファーストキスです☆/東京都/匿名希望さん>


「ナイスだーね!今ケーキあるだーね!」

「これなら今、部屋帰ってすぐ実行できるよな」

柳沢と赤澤は、いいんじゃねぇの?と、頷き合う。


寒すぎる投稿記事に少しも引いていない二人。
裕太はさすがに口を挟まずにはいられなかった。

「冗談やめて下さいよ!こんな恥ずかしい事できる訳ないじゃないですかっ!」


キッパリ拒否されてしまい、ちょっと悲しい柳沢&赤澤。





「あ!俺ケーキを使った別のやり方思いついた!」


「お!野村くん、発言するだーね」
期待に目をキラキラさせ、ビシッと指差す柳沢。



「食べる時に牛乳用意しといて、金田が苺食べた瞬間に…

<俺、苺ミルク飲みたいな☆>

…つって、ブちゅーっ、と」





































































「ケーキから離れた方がいいんじゃねぇ?やっぱ重要なのはムードだろ?」

「まずは金田をうっとりさせるだーね」



………。

この時ばかりは裕太もノムタクに同情した。






がちゃ。

音が聞こえて四人が振り向くと、ドアが開いて観月と木更津が入ってきた。


「裕太くんも来ていたのですか」
「何?みんなでエロ本見てたの?俺にも見せてよ」

「嫌だーね!淳は本に書いてる事、すぐ俺で試そうとするから見せたくないだーね!」


「木更津と柳沢って仲いいなぁ。付き合ってんじゃないの?」

ノムタクの言葉に赤澤が思い出す。
「そうだ!観月、木更津、大ニュースだぜ!裕太と金田がとうとう付き合い始めたらしいぜ!」

「え!?」
「ウソ!?」

「ぶっ、部長!言いふらさないで下さいよ!」
真っ赤になる裕太。


「そうそう。で、今みんなで二人のファーストキスの作戦練ってたんだよね」

「キス?ちょっと早すぎないですか?」
「へえ、いいじゃん。観月もカタイ事言わないで協力しようよ」


「そうだーね。みんなで裕太と金田を応援しようだーね。俺たち仲間だーね!」

柳沢は握りこぶしを作って、目をキラキラさせて訴えた。



「柳沢…君がそこまで後輩思いだったとは…分かりました!僕も協力しましょう!」

観月は柳沢の発言にまんまと心動かされてしまった。


(柳沢ごときにハメられるとは…)

こんなマネージャーに従っていて大丈夫か…?
残りの四人は不安を覚えた。





「で、良い作戦は浮かんだのですか?」

「えーと、かくかくしかじかで…金田をうっとりさせる作戦を考えてただーね」


木更津は腕を組み、

「今まで金田がうっとりしてたトコ見た事あったかなぁ?」
視線だけ天井を見つめ、考える。

「うーん…」
つられて全員同じポーズをとる。



「…あ」
思い出したのは裕太。

「去年のあいつの誕生日…」



「「「「「あ!」」」」」


メンバーたちは昨年の大晦日に寮で金田の誕生日パーティーをやった事を思い出した。

大晦日生まれのせいで、誕生日当日に友達に祝ってもらったのは金田にとって初めての事だったらしく…。


「う、うっとりしてただーね!」
「ですよね!涙ぐんで喜んでましたよね!」

柳沢と裕太は頷き合う。


「金田のツボは行事とか記念日系なんじゃない?そういうのお祝いされるとうっとりしちゃうんだよ!」
「でも金田の誕生日はまだ先だし…クリスマスもバレンタインも、行事は冬ばっかじゃん」

ノムタクと木更津も顔を見合わせ考える。


「記念日…ケーキ…」
ブツブツ独り言を言い出した観月の顔を赤澤が覗き込む。

「観月?」



「…んふ。いい事を思いつきましたよ。赤澤耳を貸しなさい」

「あ!観月が何か思いついたみたいだよ!早く教えろってー!」
「そうだよ、もったいぶんないでよ。イライラするなぁ」

ノムタクと木更津はワクワクした目で観月を急かす。


「分かりやすいように今から赤澤に実演してもらいます。金田くん役は…隣に座っている柳沢にやってもらいましょうか。では皆さん、二人に注目!」

全員の視線が二人に集まった。



「じゃ、裕太が部屋に戻ったトコからやるぜ」

『ただいまー、金田』
『お帰りだーね。不二、お風呂にする?ご飯にする?(ニッコリ)』


「柳沢、そんな小芝居はいりませんよ」


『部長にケーキ貰ったから一緒に食おうぜ。やっぱ部長は優しいよなー。カッコイイしテニスは上手いし、最高の先輩だと思わねぇ?』


「赤澤も!余計なセリフはいりません。それにケーキを買ってきたのは僕ですよ!」



赤澤は箱からケーキを取り出し

ロウソクを1本立てた。


(ロウソク?)
ノムタク、木更津、裕太は首をかしげる。


『??何でろうそく立てるだーね?』

柳沢も当然の疑問を口にした。


赤澤は柳沢の肩に手を回す。

「「「お!」」」



そのまま柳沢を抱き寄せ




『今日を俺たちのファーストキス記念日にしようぜ』


言いながら柳沢にキスをするフリをした。






し…ん、と静まり返る場内。


「…な、何だ?静かになんなよ…」

思い切り格好つけてしまった手前、沈黙に焦る赤澤。



ノムタク、木更津、裕太は互いに顔を見合わせ

「いいよ!これなら記念日好き(?)の金田も大満足でしょ!」
「うん!それにあの赤澤がちょっとカッコ良く見えたよね!」
「さすが観月さんです!これなら自然にキスできそうな気がします!」

三人の絶賛する声が飛び交った。


「当然です。僕のシナリオは完璧です」
観月は満足そうに微笑む。



「柳沢先輩は金田役やってどうでした?金田うっとりすると思います?」


ポーっと赤澤を見つめ続ける柳沢。

「…?柳沢…??」


「と…ときめいただーねー…。あのままキスされてしまおうかと思っただーねー…」

頬を染め、目を潤ませ
“うっとり”を絵に描いたような顔になっている。


「や…柳沢…」
(コイツ…可愛い事言うじゃねぇか!)


「ねぇ!そこ!何かムカつくムードになってない?俺もケーキ貰っていい?今のシナリオ、部屋帰ったら慎也とやるから!」

「何だ木更津、片想いなんじゃん。柳沢なんかやめて俺としようよ」
ノムタクが木更津ににじり寄る。

「うわ、近寄んないでよ。慎也、恋人のピンチだよ。早く助けてよ」



メンバーたちがギャーギャー騒ぎ合う中、観月は裕太にケーキの箱とろうそくを手渡す。

「裕太くん、シナリオ通りにやれば間違いなく金田くんとキスができますからね」

「はい!頑張ります!みなさんありがとうございました!」



「おう、頑張れ!裕太!」
みんなの声援を受けながら、ペコリとお辞儀をして、裕太は金田の待つ自室へと戻って行った。





「さて…」

残った全員が同時に立ち上がる。


「やはり皆さん、考えは同じようですね」
「当然」
「だーね」
「やっぱ、最後まで見届けねぇとな」
「いいから早く覗きに行こうよ」

全員揃って忍び足で二人の部屋へ向かった。





























「………」

裕太は自室の前で固まっていた。


(やべぇ!緊張してきた!今からあと何分後かに、金田と…キ、キス…しちまうんだよな…!)

ドアノブを握る手が震える。


かちゃ。

「あ、不二お帰り。遅かったね」

下心いっぱいの裕太の心情を知らない金田は、いつも通り笑顔で迎えてくれた。


「お…おう、ただいま…」
やはり緊張が治まらず、顔が強張っている裕太。

「?……あれ?その箱何?」



(よし!作戦開始だ!頑張れ、俺!!)

「えっ…と、これケーキ。部長が金田と一緒に食えって。…え…と、やっぱ部長は優しいよなー…。カッコイイしテニスは上手いし…あ?…あれ??」

緊張のあまり、いらないセリフまで出てきてしまった。





(…キスが成功しなかったら…バカ澤ぶっ飛ばす!!)



「どうしたの、不二?確かに部長はカッコイイけど…」

不自然すぎる裕太の態度に、くすくす笑いながら言う。


「とっ、とにかく食おうぜ」
裕太は慌てて仕切りなおす。

「うん、食べよう。不二は何飲む?」
そう言いながら、部屋に備え付けの小さな冷蔵庫を開けた…が、


「あ…ジュース何もないや。買って来よっか」

「ミネラルウォーターあるだろ?それでいいよ」
キスの事しか頭にない裕太は、飲み物なんかどうでも良かった。

「牛乳もあるよ。水よりかはケーキに合うんじゃない?」


牛乳…。
先ほどのノムタクの寒すぎる発言が頭を過ぎり、思わず苦笑する。



こうして、テーブルの上にはキチンとお皿に乗ったケーキと牛乳が並べられた。

(よし!絶対カッコ良くキメてやるっ!!)
裕太は心の中で意気込んだ。


そして、こっそり隠し持っていたロウソクを取り出そうとした瞬間…



さくっ。

(……え!?)

金田の持つフォークがケーキの上の苺に刺さっている。





………。

裕太は完全に出遅れた。
食べ始める前にロウソクを立てなくては意味がない。



頭の中が真っ白になっている裕太に金田は笑顔を向ける。

「苺あげる。不二好きでしょ」

「…え…あぁ…」


動揺が治まらずまともな言葉が出てこない。


「ほら、あーんして」

金田はポカンと半開きの裕太の口に苺を運んだ。




「…美味しい?」

食べさせてあげた行為の恥ずかしさが込み上げてきたのか
金田は体育座りで、両手でグラスを持ち子供のような仕種で牛乳を飲む。


「…ん…あぁ…うまい…」
動揺しているせいで、そんな可愛い金田の姿も目に入っていない。









「あ、不二…クリームついちゃってる」




金田はふと気がついて






ぺろ。


裕太の唇についたクリームを舐め取った。



























































(え…?)













「……へへ、舐めちゃった」






恥ずかしそうに顔を赤くする金田。



「……かね…だ…?」


呆然と、目を丸くする裕太。



そんな様子に

「……あ、ごめん…嫌、だった…?」



「…っ!…ぜっ、ぜんぜんっ!すげ、嬉しい…」

ぶんぶん首を振る。














結局、何だかよく分からないうちに二人のファーストキスは済んでしまった。














けど





「…金田、もっと…ちゃんと……キスしていい?」




「………うん…」











再び二人の唇が重なった。














くちゅ














くちゅっ…








「…苺ミルクの味…するね」










「…うん、…美味い…」














すげー寒いと思った投稿記事もノムタク先輩の発言も



実際やってみると何か、かなり
























ドキドキした。


































その頃、
少し開いたドアの前に五人はへばり付いていた。

「…僕のシナリオはどうなったんですか?」
「そんなのどうでもいいじゃん。キスできたんだから」
「ラブラブだーね!」
「裕太、金田、良かったなぁ!」
「やっぱ苺ミルクネタ使えるじゃん〜!」







そして翌日、先輩たちに散々からかわれた金田は真っ赤な顔で…

「不二っ!何で先輩たちにキスした事言い振らしたのっ!?最低だよ!不二のばかっっ!!」


…と、危うく破局を迎えそうになりつつも、すぐに誤解は解けて




それからふたりは毎日キスをしながら


今まで通り、仲良く一緒に生活している。









***************

前回のユタ金でキスをしていなかった事に気がついて
勢いでザッとキスの話を書こう、と思ったら…何だかめちゃめちゃ長くなってしまいました。

メンバー同士のほのぼの会話を書くのがスンゴイ楽しくて 無駄に長くなってしまい申し訳ないです…。
特に赤澤とだーねが仲良くしてるトコ書いてる時が個人的にかなり萌えでした!(笑)
この二人が仲いいのって何か好きです…。





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